東京地方裁判所 昭和36年(ワ)2451号 判決 1963年7月17日
原告 国
右代表者法務大臣 中垣国男
右訴訟代理人弁護士 松宮隆
右訴訟復代理人弁護士 国吉良雄
被告 東洋特殊鋼株式会社
右代表者代表取締役 久保田光郎
右訴訟代理人弁護士 馬場正夫
同 江川六兵衛
同 平井博也
同 立野輝二
主文
被告は原告に対し別紙目録記載の建物のうち一階一〇九の三号一〇坪九合一勺を明渡し、かつ昭和三七年一〇月二七日より右明渡済に至るまで一ヶ月金一〇、〇一九円の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し別紙目録記載の建物のうち一階一〇九の三号一〇坪九合一勺を明渡し、かつ昭和三四年四月一日より右明渡済に至るまで一ヶ月金一、〇一九金の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする」との判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
一、別紙目録記載の建物(旧東拓ビル)はもと東洋拓殖株式会社の所有であつたが、終戦後閉鎖機関保管人委員会の管理下に入つた。当時大蔵省は現在の大蔵省庁舎を連合軍に接収されて、四谷見附の四谷小学校校舎に移り、極めて狭隘をかこつていたので、原告は別紙目録記載の建物を大蔵省の庁舎に充てる目的をもつて昭和二一年一〇月一日その敷地共金三、五〇〇万円で買収したもので、右建物は原告の所有に属する。
二、被告はなんら正当な権原なくして昭和三四年四月一日以降、右の建物の内一階一〇九の三号一〇坪九合一勺を占有し、原告に対し一ヶ月金一〇、〇一九円の割合による使用料相当の損害を蒙らしめている。
よつて、原告は被告に対し所有権に基き右一階一〇九の三号一〇坪九合一勺を明渡し、かつ昭和三四年四月一日以降右明渡済に至るまで一ヶ月金一〇、〇一九円の割合による損害金の支払を求めるために本訴に及んだと述べ、
原告が右の建物の所有権を取得した当時、被告が東洋拓殖株式会社より右建物の内一階一〇九の三号一〇坪九合一勺を期間の定めなく賃借しており、原告が右所有権の取得に伴い賃貸人の地位を承継したことは争わないが、原告は右建物を大蔵省の庁舎として自ら使用する必要に迫られ、賃貸借契約解約の申入れをなし、被告を含め全館の占有者に対し明渡の訴訟を提起し、その結果、東京地方裁判所昭和二三年(ワ)第三二三七号建物明渡請求事件(昭和二五年(ノ)第一八七号建物明渡調停事件)につき、昭和二五年一一月七日原、被告間に、原告は被告に対し国有財産法により右一階一〇九の三号を貸付くるものとし、右貸付の場合の使用期間、使用料及びその支払の時期、方法等は国有財産法の規定による旨の調停が成立したので、原告は右調停の条項に基き被告に対し、右一階一〇九の三号一〇坪九合一勺の使用許可をなし、昭和三四年三月末日まで、国の会計年度を期間として、該使用許可をその都度更新してきたという次第であつて、被告は別紙目録記載の建物が原告の所有なることを認めて右の調停を成立せしめ、その後右の使用許可についても、原告を所有者と認めて使用許可の申請をなしているのであつて、今に至つて原告の所有権を否認することは許されないというべく、また、前記の従前の賃貸借関係は、右調停成立の時において、当事者の合意により解約され、以後の使用関係はかりに万一それが私法上の関係であるとしても、従前の賃貸借とは全く別箇のものである。
しかして別紙目録記載の建物は大蔵省所管の国有財産中、行政財産の中の公用財産にして国の事務のためにその庁舎として使用するものであり、かような国の庁舎を第三者に使用収益させることができるのは、その用途又は目的を妨げない場合に限り、かつ、その方法は取扱上行政処分の形式により一方的に必要な条件を附して使用許可を与えることになつており、従つてその使用を許す場合でも期間は国の一会計年度を限りその年度末をもつて期限とし、所謂法定更新の法理は働かないものである。このことはかりに右の使用関係が行政処分でなく私法上の契約によつてなされた場合でも、その対象物件が行政財産である限り同様に解すべきである。なんとなれば、行政財産は何時にても国が必要に応じて自ら使用することを可能とする状態におかれていなければならないものであるからである。
原告は前記調停に基き行政処分の形式によつて被告に対し、昭和三四年三月末日までは使用許可を与えてきたが、以後これを与えなかつたものであり、もしかりに調停成立後の使用関係が行政行為ではなくして私法上の契約関係である(使用許可は行政処分であるが、それにも拘らず原告は特にその内容、条件を被告に示し、これが了承を得ている。)としても法定更新の法理は働かず一時使用の無名契約に基くものというべきである。
まして被告が使用許可の条件に違反した場合原告において使用許可を取消すこともできることになつていたところ、被告は使用許可の条件に違反し原告に無断にて、昭和三三年三月頃株式会社政財界ジープ社及び蓮井炭鉱株式会社を一階一〇九の三号一〇坪九合一勺に同居せしめ、原告が責任者の出頭を求め、実情を確かめたところ、右事実を認め陳謝したが、その後も依然政財界ジープ社をして、これを占有使用せしめた事実があり、かかる事実によつて使用許可についての基礎となる信頼関係が全く失われたので、原告は昭和三四年三月末日までの期間経過後、被告に対して新たに使用許可を与えなかつたものであつて、これはまことに当然の措置というべきである。
かりに百歩を譲つて被告の右一階一〇九の三号一〇坪九合一勺に対する使用権原が、なんらかの理由で昭和三四年四月一日以降においてもなお存続したとしても、原告は昭和三七年一〇月二四日被告に対し、内容証明郵便をもつて無断転貸、または使用権の譲渡もしくは同居人を置いたという理由で使用許可の取消(もし私法上の関係なりとするならば契約の解除)を通知し、この通知は同年同月二六日被告に到達したから、少くとも以後被告は右一階一〇九の三号一〇坪九合一勺を占有する正当な権原をなんら有しないといわねばならない。と述べ、
立証として≪省略≫
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」旨の判決を求め、答弁として、
別紙目録記載の建物(旧東拓ビル)が東洋拓殖株式会社の所有であつたこと、被告が昭和三四年四月一日以降右建物の内一階一〇九の三号一〇坪九合一勺を占有していること、右一〇坪九合一勺の部分の使用料相当額が一ヶ月金一〇、〇一九円であることは認めるが、その余の請求原因事実はこれを争うと述べ、
かりに原告がその主張の如く別紙目録記載の建物の所有権を取得したとしても、当時被告は、東洋拓殖株式会社より右建物の内一階一〇九の三号一〇坪九合一勺を期間の定めなく賃借していたもので、原告は右所有権の取得に伴い、賃貸人の地位を承継した。従つて被告は右一〇坪九合一勺につき賃借権を有するものである。もつとも昭和二五年一一月七日、東京地方裁判所昭和二三年(ワ)第三二三七号建物明渡請求事件(昭和二五年(ノ)第一八七号建物明渡調停事件)につき原、被告間に、原告は被告に対し国有財産法により、右一階一〇九の三号一〇坪九合一勺を貸付くるものとし、右貸付の場合の使用期間、使用料及びその支払の時期、方法等は国有財産法の規定による旨の調停が成立した事実はあるが、ただそれだけで被告の前記賃借権が消滅するいわれはない。
かりに右が理由がないとしても被告は右の調停に基き右一階一〇九の三号一〇坪九合一勺につき正当な使用権原を有する。右調停に基く使用関係がもしかりに民法や借家法の適用を受けず、もつぱら国有財産法の規定によつて規律されるものであるとしても、調停成立の経緯に鑑みつとめて借家法の規定の精神を類推すべきであり、かかる観点からみれば、単に昭和三四年四月一日以降は使用許可を与えずという一事をもつて被告に使用権原なしとの主張は到底許されない。と述べ、
被告が原告主張のように株式会社政財界ジープ社及び蓮井炭鉱株式会社を同居せしめ、被告の責任者がこれを認めて原告に陳謝したが依然政財界ジープ社をして前記一階一〇九の三号一〇坪九合一勺を占有使用させたという事実はすべて否認する。かりに政財界ジープ社が一時右一〇坪九合一勺にいたことがあるとするもこれは少くとも被告が積極的に好んで転貸料稼ぎを目的としてなしたものではなく、(この意味で転貸でも、使用権の譲渡でもなくあえていえば同居である)亡蓮井継太郎(もと被告会社の代表取締役)の個人的な関係から迂濶にも政財界ジープ社にズルズルと居坐わられる形となり、これを退去させるため被告は莫大な努力を払い辛うじて右会社を完全に立退かすことに成功した次第である。しかも被告はその都度原告に対し実情を具申し善処を要請し続けたのであり、被告は誠意をもつて右会社の立退きの処理に当つたのであつて、政財界ジープ社が一時右一〇坪九合一勺にいたことは、あえて被告を深くとがめ立てする程のものでないのみならず、これによつて被告は原告に対して、物的、経済的に実質的損害を与えていないのであり、従つて、被告の右一〇坪九合一勺の使用関係が公法上のものであれ、私法上のものであれ、未だ右使用関係の断絶に値するが如き背信行為というに足りないものである。そうとすれば、被告は原告主張の如き内容証明郵便が昭和三七年一〇月二六日被告に到達したことは認めるが、この内容証明郵便による通知はなんら効力がないというべきである。と述べ、
立証として≪省略≫
理由
一、別紙目録記載の建物(旧東拓ビル)が東洋拓殖株式会社の所有であつたこと、被告が昭和二一年一〇月一日当時、東洋拓殖株式会社より、右建物の内一階一〇九の三号一〇坪九合一勺を期間の定なく賃借していたこと、及び被告が昭和三四年四月一日以降右建物の内一階一〇九の三号一〇坪九合一勺を占有していることは当事者間に争いがない。
二、成立に争いのない乙第一、第二号証と証人滑川正の証言(第一回)によれば、別紙目録記載の建物については昭和二一年一〇月一日、当時、閉鎖機関保管人委員会委員長に管理及び処分の権限があつたところ、当時大蔵省は現在の大蔵省の庁舎を連合軍に接収され、四ツ谷小学校校舎その他に移つていたので、原告は別紙目録記載の建物を大蔵省の仮庁舎に充てる目的をもつて昭和二一年一〇月一日、前記閉鎖機関保管人委員会委員長との売買契約により、その敷地と共に、代金三、五〇〇万円にて右建物の所有権を取得したこと、これに伴い原告は、被告に対する賃貸人の地位を承継したが、その後被告を含む右建物の使用者を相手方として、被告のように賃借権を有する者については、賃貸借契約の解約の申入をした上、各使用部分の明渡を求める訴を東京地方裁判所に提起したこと、成立に争いのない甲第一ないし第三号証≪中略≫を綜合すれば、右訴訟(東京地方裁判所昭和二三年(ワ)第三二三七号)において、話合いの結果、被告を含め右建物の使用者側は全館の略三割を原告に現実に明渡し、原告もこの程度の明渡を得て、現実にこれを使用できれば、一応足りるとしてこれを了承したが、右建物の使用者は、使用部分の位置、面積はもとより区々であり、また多大な費用を投じて設備をしている者もあり、各の事情が一様でないので、協議の結果居残る者においても、亦、原告とは別個に退去する者に対しなにがしかの金銭的負担をする等の方法をとつて原告に現実に使用せしむべき部分を協定し、被告使用の一階一〇九の三号一〇坪九合一勺の室は、原告に現実に使用せしめる部分から除かれたので、かくして、昭和二五年一一月七日、原、被告間に原告は被告に対し右一階一〇九の三号一〇坪九合一勺の室を国有財産法により、貸付くるものとし、右貸付の場合の使用期間、使用料、及びその支払の時期、方法は国有財産法の規定によること等の調停が成立するにいたつた(東京地方裁判所昭和二五年(ノ)第一八七号)こと、右調停の条項には明示されていないが、右調停において従来の原、被告の賃貸借契約は、双方の合意によつて解除され、別紙目録記載の建物は国有財産中、行政財産の中の公用財産に属し、かかる財産の一部として、以後は新たに国有財産法の規定による貸付によることとしたものというべきであること、そこで原告は、被告その他同様に貸付を受くべき者とも話し合い、使用料その他の使用条件を定め、右の調停に基き被告に対し右一階一〇九の三号一〇坪九合一勺の使用許可をなし、期間はその用途又は目的を妨げない限り引続き使用を許可することを前提として、国の一会計年度にあわせ、その年度末を各終期として昭和三四年三月末日まで右使用許可をその都度更新してきたこと、右の使用許可は被告より許可申請書を提出させて、これをなし、原告は使用条件を記載した許可書なるものと被告に交付し、これに対し被告は原告に対し請書なる書面を差入れてきたこと、右使用条件の一として、使用者はその権利を譲渡、転貸し若しくは同居人を置いてはならない、しかして使用者がこれに違反した場合原告はその使用許可を取消すことができることに定められていたところ、右一階一〇九の三号一〇坪九合一勺の室が被告の事務所であつたことは終始変わらぬけれども、その外に被告の代表取締役であつた蓮井継太郎が、雑誌社である株式会社政財界ジープ社に右室を使用させ、少くとも昭和三二年中から同会社が右室にある被告の備品や電話等を用い、右室をその主たる事務所としてこれを使用し、特に同会社は右室の鍵の一個を所持して自由に右室に出入りすることもできる状態となつていて、同会社の使用は単に被告の厳格な統制下にたつ従属的なものといえる域を脱し、被告は右室を転貸して株式会社政財界ジープ社にこれを使用せしめたものというべきであること、原告は昭和三三年四月頃、株式会社政財界ジープ社が右室に出入りしていることを知つたので、昭和三四年三月末日までの使用許可を一応保留したが、被告より株式会社政財界ジープ社の出入りは断つたし、以後使用許可の条件に違反しないという申出があつたので、原告は昭和三三年五月頃、被告に対し、昭和三四年三月末日までの使用許可を与えたが、前記の如くその後も株式会社政財界ジープ社が右室に出入りすることが継続されるので昭和三四年四月一日以降については、被告より許可申請書の提出があつたが、原告は使用許可を与えず、被告に対し右会社を退去せしめることを求めさらに昭和三五年六月には却つて被告に対し右室の明渡を求むべく右室につき被告を債務者とする仮処分の執行をなしたこと、これによつて株式会社政財界ジープ社は事実上右室使用を排除されざるを得ないので、右の執行につき点検申請をしたり、原告に直接抗議したりしたが、その後さらに、同会社と被告との間において、互にその役員を告訴する等の事態を生じ昭和三六年三月末に至るも、同会社の右室からの立退問題等は、被告にとつても何共目鼻がつきかねる状態にあつたので、原告は同年四月本訴を提起して、被告に対し右室の明渡等を訴求するにいたつたことがそれぞれ認められ、証人奥田義光、並に被告代表者本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
三、従つて、右調停が成立しても、原、被告間の従前の賃貸借契約は終了せず、その後もこれが存続したという被告の主張には従い得ない。
しかし別紙目録記載の建物は国有財産中、行政財産の中の公用財産であるが、その用途又は目的を妨げないとして、国がこれを他に使用収益させる場合、この使用収益させる行為自体は一般の所有権の行使であつて、私法上の行為とみるのを相当とすべく、従つて前記調停に基く被告の前記一階一〇九の三号一〇坪九合一勺の室の使用関係は、形式はともあれ、私法上の関係にして、しかもその実質は賃貸借と異ならぬのであるから、調停成立にいたる経緯や、調停における国有財産法により貸付くるという文言をも考え合せて、右の使用関係については、賃貸借と同様の取扱いをなすのが妥当であり、しかして右の使用関係は国有財産法の規制下にあるから、別紙目録記載の建物の用途又は目的を妨げるの故をもつて、その更新が阻まれるということも考えられないではなく、また同法第二四条に定める解除にも服するが如きことはこれを認めなければならないが、そうだからといつて右の使用関係について借家法の適用を全面的に否定しなければならない理由はない。国有財産法第一八条の規定をもつて、私権の成立を全く否定するものと解すべきでもなく、また賃貸借とか使用貸借を禁止するものと解し、実質賃貸借と異ならぬものを、一種の無名契約として、全く賃貸借と異る取扱いをせねばならないという必要もない。行政財産は何時にても国が必要に応じて自ら使用することを可能とする状態におかれていなければならないというも、一定の公益的要請に基く場合、国は国有財産法の規定により、他に使用収益せしめた行政財産の返還を受けることができるのであり、かつこの程度をもつて足るとすべきであつて、その他の一般の所有権の行使と同視すべき場合においては、行政財産と雖も、財産の性質上、広い意味では公益に関係があるにせよ、特に異別の取扱いをするには及ばない。
よつて右調停に基く被告の使用関係をもつて公法上の関係であるとか、あるいは私法上の関係としても一時使用の無名契約に基くものであるという原告の見解は採用し難い。
四、そうすると、右調停に基く被告の前記一階一〇九の三号一〇坪九合一勺の使用関係は、賃貸借関係として、少くとも昭和三四年四月一日以降も更新されて存続したというべきであるけれども、被告の前記無断転貸により、原告が物的な損害を蒙つたとは認められないが、これをもつて賃貸借の基礎たる信頼関係を破壊するに未だ足らないものといい得るような特段な事情はこれを認めるに足りないので、原告はこれに基き被告との賃貸借契約を解除し得べきものとなすべく、原告が被告に対し昭和三七年一〇月二六日到達の内容証明郵便をもつて、右無断転貸を理由として被告との賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなしたことは被告の認めるところであるから、昭和三七年一〇月二六日をもつて原、被告間の賃貸借契約は解除されたというべく、当時株式会社政財界ジープ社が前記一階一〇九の三号一〇坪九合一勺の室に出入りしてこれを使用するが如きことが事実上やむにいたつていたとしても、その故に右解除の意思表示をもつてなんら効力なきものとはなし難い。
五、しからば、被告は原告に対し前記一階一〇九の三号一〇坪九合一勺の室を明渡しかつ昭和三七年一〇月二七日より右明渡済に至るまで右室の使用料相当額であること当事者間に争いのない一ヶ月金一〇、〇一九円の割合による損害金を支払うべき義務があり、原告の本訴請求は右の限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないものとしてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用し、仮執行の宣言は不相当としてこれをなさず主文のとおり判決する。
(裁判官 園田治)